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2006年10月 8日 (日)

映画『ワールドトレードセンター』を観ました。

ワールド・トレード・センター スペシャル・コレクターズ・エディション ワールド・トレード・センター スペシャル・コレクターズ・エディション

販売元:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
発売日:2007/02/23
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前日に公開されたばかりの『ワールド・トレード・センターを観ました。映画が始まってすぐに(15分くらいに思えた)ワールドトレードセンターがテロにあった場面が始まりました。あとは、救出に向かった警察の一団が建物に入ってすぐにビルが崩れて埋まってしまい。。。というスピード展開でした。あとは、助かった2人が救出されるまでの2人の会話のやり取り、心の動き、正しい安否情報が得られない家族の気持ちとかがほとんどを占めていました。この映画からはテロのことは語られず、普通の生活をしていつも通りに仕事に向かったある警察官が救出されるまでの感動のストーリーです。セリフにもあったのだけど、「これは戦争だ。アメリカが攻撃にあったのだ。」と。アメリカ本土が初めて他国に攻撃されたのだから確かにそうなのでしょう。私の感想は感動ストーリーなだけにぐっとくる映画だったけど、ただそれだけの映画かな、と。イラクではアメリカに攻撃されて建物の下敷きになって声を掛け合いながら励まし合いながら助けを何日も待って助かった人も死んでいった普通の罪もない人も子供もいたであろうし、昨日の日本のニュースでは転覆した秋刀魚漁船で想像を絶する荒れた海の中で絶望的な気持ちになったまま、家族のことを思いながら死の恐怖を1人真っ暗で冷たい大海原に孤独と恐怖に戦い漂っていた人もいたでしょう。それらも映画にしたら感動のストーリーになるでしょう。ワールドトレードセンターだったから特別な話というわけでなく、どんな人でもどんな設定でも同じ平等な命なわけで。戦争ではワールドトレードセンターの何倍もの人の命が死んでいてもニュースでは『今日は約100人が死亡』って5秒で言っておしまい。それぞれの命、経験、思い出、悲しむ家族のことは伝わらない。なぜだろう、私はなんだか胸騒ぎを感じました。アメリカはお金があるし技術もあるから映画にして世界中にテロの悲劇を訴えることができたけど、アメリカが攻撃している貧しい国で死んでいく人たちは映画にならない。この不平等は何?アメリカは戦争中の国なのに兵士が遠い敵国へ行ってるし国民はは戦争の恐怖を感じなくていいし、食べ物は捨てるほどあるし何も変わらない生活を続けている。この状態自体が私にとって違和感を感じるのです。強い国とはここまで余裕になれるものか。。。この映画にテロについてのことが語られなかったのは私のように胸騒ぎを感じた人からの批判を避けるためだったのかな。だから助かった2人の感動ストーリーにしておいたのかと、ふと今思ったりして。現在他国を攻撃していない日本が『広島・長崎』の映画を作って世界に伝えるのはいいのだと思うのだけど。。。

【追記】ニコラス・ケイジの演技は素晴らしかったです。フェイス・オフの彼が演じる凶悪犯の役も、顔を交換された後の中身はジョン・トラボルタ、顔はニコラスという設定で刑務所に潜入した時のニコラスの演技は観てる側も本当に顔はニコラスだけど、中身はジョンだと錯覚に陥るほど彼の演技は素晴らしかったし。今回の映画では人付き合いが悪く真面目だれど出世はできなかった暗い警察官の役で、ほとんど顔だけの演技という場面だったけれど、ニコラスの表現力はすごいな、と改めて思いました。可哀想な役もとってもハマっていました。


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